「言葉と物」 ミシェル・フーコー

 

 

 

 

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1966年に発行された本。サルトル、レヴィストロースなど、多くの思想家が活躍していた時期です。ポストモダン、などと言われ始める少し前ですが、やはり既存の体制や構造をばらしてしまう様な話でした。

 

言葉と物、というタイトル通り、物や考え方と言葉の関係について説明しています。

副題が、人文科学の考古学。博物学、経済学など様々な人文科学があるわけですが、それらが古典的な世界から19世紀になってどう変化してきたか。どのような作用があったか。などを説明しています。

キーワードになるのは、適合、競合、類比、共感。指示、分節化、指示作用、転移。などです。

 

当たり前ですが、記号は変化していくもの。最初の最初は物や出来事に名前を付ける所から始まる。けれど、段々その名前に色や意味や役割が付き始める。例えば、「手」という名前がついた時には、それは腕の先の一部分を指し示すだけかと思いますが、色んなイメージ(感情や仕草を表す物だったり、技術の象徴であったり)がついてきます。それは、言葉やその役割や意味の変遷と別のものでは無い。

かつての重商主義や重農主義の様に、ただ物を集める、所有が価値と考えられていた時代があります。それより以前、原初における物の価値とは何かに交換出来る事。物々交換可能な状態です。最初は自分の食べる物、自分の着る物など直接的な物ばかりだったかと思いますが、家族皆が同じ物を着るようになれば、着る物の交換の利便性は高まります。皆が畑を作る様になれば、人手が必要となれば、労働力の価値は高まります。ただ地面を石で掘っても価値は無いですが、畑で、栽培目的に掘れば価値になる。

行動、物質、縄張り、貴金属、色々ありますが、要はそれらの物が何かと、類比されて同等と考えられ、適合して流通する。その交換の中で価値が生まれるという事です。

それらの発展に従って、素材、加工、流通、労働、など、様々な要素に役割と、緊密な関係性が出来てくる。これらを表(タブロー)、言語などとも言っています。

 

博物学でも、最初は名前を付けるだけから始まったはずですが、段々と機能や作用で分類したり、役割でまとめられたりする。つまり、競合や比較が行われて、段々と表になって、博物学や生理学のような言葉が出来上がっていく。

 

恐ろしく単純化していくと、こういった記号や言葉が出来ていく過程を分析、解析した話で、人文科学自体も、生物の進化や分類の理由が説明出来るように、解剖できるんだなぁと、関心した次第です。様々な学問などを、針で要所だけ摘まんでまとめて、同じ法則や仕組みで動いているんだよ。と、新しい視点をくれるような本。

 

物を作る立場としても、これは何かを表す言葉である。というのは皆さん自覚的である所だとは思います。ただそこにどういう法則があるのかとか、どんな関係があってどういう作用があるのか、など、その専門分野を更に俯瞰した、文法が見えてくる様な本です。

何かを作って、何かを伝えたい、形にしたい人にとっては、とても道が明るくなる様な本だと思います。

 

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